霜月下旬だというのに、その日の朝の気温は20度を上回っていた。るる乃は、二日連続でコンビニのアルバイトに入ったので、その日は休みだった。これまでのアルバイトで一番長くて、一年半だったので、今回はそれぐらい続けたら良いなとるる乃は思った。
それにしても、体を動かしながら働くって楽しいなとるる乃は感じていた。この初心を忘れずに、慢心、惰性することなくこつこつと働いていこうと決心したるる乃であった。
それにしても、体を動かしながら働くって楽しいなとるる乃は感じていた。この初心を忘れずに、慢心、惰性することなくこつこつと働いていこうと決心したるる乃であった。
るる乃は、その日の夜明け前に起きてテレビを見ていた。五時代だったので、面白い番組というばテレフォンショッピングぐらいであった。購買意欲をそそるような、例えば化粧品だったり補正下着だったり、はあったがそれを買うためのお金は持ち合わせていなかった。ぼーっとして見ていた。そのうちまた眠くなって二度寝することにした。
るる乃は理由があって障害者認定を受けていた。病のため薬の服用も続けており、一般就労が難しかった。しかし、最近るる乃はアルバイトを始めた。自給は最低賃金の615円。昔るる乃が働いていた系列のコンビニエンスストアだ。久しぶりに当時と同じユニフォームに袖を通した。嬉しかった。当時のまだ二十代前半だった頃の気持ちに帰れるようなきがした。経験があるということで、すぐに店頭に立たされたが、最初は戸惑ったものの徐々に仕事内容の感覚が戻ってきた。FFを作り、店内清掃をし、レジに立っているうちに、働くって楽しいな、気持ちがいいなと、るる乃は感じていた。先日、受けた派遣会社の面接は断って、コンビニエンスストアのアルバイトにるる乃は決めた。
るる乃は理由があって障害者認定を受けていた。病のため薬の服用も続けており、一般就労が難しかった。しかし、最近るる乃はアルバイトを始めた。自給は最低賃金の615円。昔るる乃が働いていた系列のコンビニエンスストアだ。久しぶりに当時と同じユニフォームに袖を通した。嬉しかった。当時のまだ二十代前半だった頃の気持ちに帰れるようなきがした。経験があるということで、すぐに店頭に立たされたが、最初は戸惑ったものの徐々に仕事内容の感覚が戻ってきた。FFを作り、店内清掃をし、レジに立っているうちに、働くって楽しいな、気持ちがいいなと、るる乃は感じていた。先日、受けた派遣会社の面接は断って、コンビニエンスストアのアルバイトにるる乃は決めた。
父はそう簡単に家族を裏切らない。そんな無責任な父親ではない。るる乃は父を信じることにした。父はきっと帰ってくる。
一週間たって、乃理子の携帯に父から着信が入った。
「今空港なんだけど、お母さんいるかな。」
空港まで迎えに来て欲しいという電話だった。自宅に電話しても、るる乃母の携帯に電話しても出ないという。るる乃も母親に電話してみたが、呼び出し音は鳴るものの出ることはなかった。るる乃はその時、隣町の派遣会社に説明を聞きに行くところであったので、父親を迎えに行くことができなかった。母親のことが心配であったが、どうせいつものように携帯を持たずに散歩にでも行ったのだろうと思った。
しばらくして、父親から再び電話があった。
「お母さん、空港まで来てくれたよ。」
父が帰ってきた。あのまま父が失踪していたらどうなっていただろうか。るる乃は財産分与についてまで妄想してしまっていた。もし非嫡出子や内縁の妻などがいた場合にはどうしよう。一方で娘なんだから、父親を信じてあげなきゃいけない、という思いもあった。何にしろるる乃の父は帰ってきたのだ。
一週間たって、乃理子の携帯に父から着信が入った。
「今空港なんだけど、お母さんいるかな。」
空港まで迎えに来て欲しいという電話だった。自宅に電話しても、るる乃母の携帯に電話しても出ないという。るる乃も母親に電話してみたが、呼び出し音は鳴るものの出ることはなかった。るる乃はその時、隣町の派遣会社に説明を聞きに行くところであったので、父親を迎えに行くことができなかった。母親のことが心配であったが、どうせいつものように携帯を持たずに散歩にでも行ったのだろうと思った。
しばらくして、父親から再び電話があった。
「お母さん、空港まで来てくれたよ。」
父が帰ってきた。あのまま父が失踪していたらどうなっていただろうか。るる乃は財産分与についてまで妄想してしまっていた。もし非嫡出子や内縁の妻などがいた場合にはどうしよう。一方で娘なんだから、父親を信じてあげなきゃいけない、という思いもあった。何にしろるる乃の父は帰ってきたのだ。
るる乃の父は次の日もその次の日も帰ってこなかった。るる乃は幼少から「お父さんっ子だね。」と親戚中に言われてきたが、二十代半ばにもなって今更父親が行方をくらましたからと、大慌てするほどのことでもない。父も毎日家族に拘束されていては、息が詰まるだろう。たまには、羽根を伸ばして旅行にでも行っているに違いない。るる乃はそう思う反面、このまま父が失踪してしまったらどうしよう、という不安がよぎった。私の病は完治するのにまだまだ時間がかかるし、結婚式を挙げずに入籍だけ済ませた兄が、月末に帰って来る。るる乃の弟も持病がある。もし、このまま父が帰って来なかったら。私の人生設計が狂ってしまう。お金がないならお金がないなりの生活ができるだろう。お金がないのとゆとりがないのはイコールではないのだ。お金があるからといって心にゆとりがあるかどうかはわからない。しかし、それまで父親のいることを前提として生きてきた乃理子にとって、その存在は絶大であった。
一週間たって、乃理子の携帯に父から着信が入った。
一週間たって、乃理子の携帯に父から着信が入った。
るる乃は「昔とった杵柄」の剣道を再開した。るる乃は持病を抱えているのであるが、担当医が剣道をするように薦めたからだ。るる乃は、剣道からどちらかというと逃げてきた。しかし、サービスである習い事をいくつも掛け持ちするよりかは、長年、十年以上であろうか、続けてきた剣道をやることで精神的な拠り所ができる、そう担当医は話した。週に一回のペースで隣町にあるクリニックに通っている。るる乃一人で行く時もあったが、最近は父か母のどちらかついていっていた。その父が三日前から行方知らずになった。
日中はあわただしく過ぎ、夜は逆にゆっくりと過ごすことができた。家族のものは皆就寝しており、るる乃だけが起きていた。夜11時過ぎ。朝ほどは寒くない。るる乃は沖縄の部屋着ムームーを着ていた。ノースリーブなので、二の腕が出ているが空気の冷たさは感じられない。るる乃は睡眠薬を飲んで寝ることにした。ここ数ヶ月寝つきが悪いので、るる乃は病院から睡眠薬を投薬されていたのだ。しかし、それでもるる乃は眠れなかった。そこで、るる乃は友人からもらったアダルトビデオを見ることにした。このビデオを見ていると、自然と眠れるのだ。あまり過激ではない、スウィートアダルトとでも言おうか、何度見てもるる乃にとっては面白かった。
だんだんと夜明けの空気の冷たさが身にしみるようになってきた。朝日が昇ろうとしている。るる乃の地域の日の出は、11月の中旬時点で7時少し前だ。ピンクのチェックのパジャマを着ているがその下は何も来ていなかった。風邪を引きそうだ。いくら沖縄といえども最低ショーツは履いておくべきだろう。朝日がるる乃の部屋に差し込んできた。ああ、いい朝だ。朝夕は冷え込むものの、日中は20度ぐらいまで気温が上がる。朝日がいよいよ強くまぶしくなり、まるでるる乃に金の光をふりかけるようであった。
琉球ガラスの水色のコップが5個。花の模様なのかそれとも葉っぱの模様なのか、同じく青いコップが3個。水色と群青色のストライプのカーテン。白いレースのカーテン。ラベンダーの香り。これらはるる乃の好きなものだ。ベッドのカバーは白地にポップな花柄がほどこされている。これは近所のニトリで購入した。眼鏡もブルーのふちだ。レンズにもアクアブルーの色が10パーセント入っている。
琉球ガラスの水色のコップが5個。花の模様なのかそれとも葉っぱの模様なのか、同じく青いコップが3個。水色と群青色のストライプのカーテン。白いレースのカーテン。ラベンダーの香り。これらはるる乃の好きなものだ。ベッドのカバーは白地にポップな花柄がほどこされている。これは近所のニトリで購入した。眼鏡もブルーのふちだ。レンズにもアクアブルーの色が10パーセント入っている。
歌うことって楽しい。人に自分の歌を聴いてもらうって、何て楽しいんだろう。もっと歌が上手くなりたい。自分の暗い過去を振り払って社会に出て歌を歌いたい。砂有美はやっと自分の目標、夢を見つけた。
終わり
これで「うたうおんな」は完結です。
次の連載を明日から始めます。
ぜひお立ち寄りあれ。
終わり
これで「うたうおんな」は完結です。
次の連載を明日から始めます。
ぜひお立ち寄りあれ。
ベロア調の緑色のステージ衣装を身にまとい、砂有美はステージに上がった。ステージに上がったとたんに、心臓の鼓動が早くなった。やばい、緊張している。声出るかな。砂有美は前奏を聴きながらそんな心配をしていた。砂有美の声は心配と裏腹に、一応出ることは出た。前半は声の伸びは今一だったが、後半になるにつれて調子が上がってきた。テノール歌手秋川雅史が歌っている曲であるが、ソプラノの声の出る砂有美には難なく歌えたほうかもしれない。友人たちが見に来てくれており、歌い終わった砂有美にねぎらいの言葉をかけてくれた。
砂有美はその場所でリハーサルをしていた。その場所とは、南風原町(はえばるちょう)にある精神病院だ。そこに砂有美は四回もの入院経歴があった。最後に退院して早二年になるところだ。女子閉鎖病棟で、砂有美は毎日のように歌っていた。ジャンルは、ポップスから演歌、時には洋楽。好き勝手に歌っていた。精神病患者が歌う歌は、聴く人に狂気を感じさせたかもしれない。しかし、砂有美は他人を省みず、鉄格子の張り巡らされたベランダに出ては、向かいに広がるさとうきび畑を見つめながら歌った。
歌う曲目は「千の風になって」だ。病院祭の余興の一つとして、そこの看護師に出てみないかと薦められた。多目的ホールという名の広間には、こじんまりとしたステージがある。
歌う曲目は「千の風になって」だ。病院祭の余興の一つとして、そこの看護師に出てみないかと薦められた。多目的ホールという名の広間には、こじんまりとしたステージがある。
白い砂浜。青い海。波は穏やかだった。誰もいない。砂有美はしばらく浜辺をゆっくりと歩いた。人目も気にせず歌いたかった。でもどこか羞恥心が砂有美の心にあった。ハミングしてみる。思いっきり鼻腔を広げるようにハミングしてみる。頭の上からハミングが出るように音を出してみる。始めは発声の要領で。半音づつあげていく。耳を澄まして音を確認する。いい感じだ。小声を出してみる。口は大きく、指が三本入るように。次はティッシュをつまむように。ああ、乗ってきた。次は、微笑みを浮かべて。最後はストローで吸うように。海に風はほとんどない。朝八時になろうとしていたので、日差しが徐々に強くなっていた。砂有美はのどの調子を確かめながら、いよいよ大声で歌った。
笑って泣いてまた笑って
人はそのほうが生きて行きやすい
辛い時でもくじけそうな時でも
ぐっとこらえて
少しだけ泣く
何でこんな歌を今歌ったんだろう。自然と口を突いて出てきた歌だ。歌詞とはうらはらに砂有美は涙なんか出てこなかったし、逆に元気が出た気がする。
マリンタウンは海を埋め立ててできた新興住宅地であったが、入居者はまだ少なく、朝なんかはひっそりとしていた。
笑って泣いてまた笑って
人はそのほうが生きて行きやすい
辛い時でもくじけそうな時でも
ぐっとこらえて
少しだけ泣く
何でこんな歌を今歌ったんだろう。自然と口を突いて出てきた歌だ。歌詞とはうらはらに砂有美は涙なんか出てこなかったし、逆に元気が出た気がする。
マリンタウンは海を埋め立ててできた新興住宅地であったが、入居者はまだ少なく、朝なんかはひっそりとしていた。
砂有美は県外の大学に進学して、結局は中退してしまった。八年間在学した末のことであった。体調を崩してしまったのだ。休学も何度もしたが、それ以上の休学も出来なかったので、最終的に退学の形をとった。無駄に大学に行ったような気がする。それを経て、生まれ故郷に帰ってきた。両親、砂有美、弟の四人暮らしであった。実家に帰ってきて、初めて家族の温かさを実感した。高校生まで、砂有美は部活動に忙しく、家族で過ごす時間があまり持てなかった。今は、ゆったりとした時間を家族と過ごすことが出来た。
庭先で、洗濯物が秋風に乗って揺れている。黒いスウェット。白いTシャツ。レースのピアノカバー。白いタオル。砂有美の母輝美が干したものだ。季節は秋。朝七時。天気は晴れ。朝日がまぶしい。幸せってこういうことをいうのかもしれない。
だけど、この胸の苦しみは何。幸せなようで、どうしてこんなに苦しいの。歌いたい。山でも海でもどこでもいい。歌いたい。そう思った砂有美は、与那原のマリンタウンへと向かった。
庭先で、洗濯物が秋風に乗って揺れている。黒いスウェット。白いTシャツ。レースのピアノカバー。白いタオル。砂有美の母輝美が干したものだ。季節は秋。朝七時。天気は晴れ。朝日がまぶしい。幸せってこういうことをいうのかもしれない。
だけど、この胸の苦しみは何。幸せなようで、どうしてこんなに苦しいの。歌いたい。山でも海でもどこでもいい。歌いたい。そう思った砂有美は、与那原のマリンタウンへと向かった。
その日、砂有美は久しぶりに料理を作った。にんじんの皮をピーラーを使って剥き、千切りにした。にんじんの固さに不慣れな砂有美は、押さえていた左手の親指の付け根あたりがつりそうになった。にんじんを刻む時にはいつものことだった。にんじん二本をそうした。次に卵三個を菜ばしで溶いた。にんじんいりちゃー(にんじんの炒め物)だ。砂有美の母が、時間のない時にさっと作ってくれたおかずだ。にんじんにはしっかりと火が通っており、塩コショウの味付けも砂有美にとっては申し分なかった。
秋の昼下がりだった。人から奇異な目で見られることに、砂有美は慣れているはずであったが、やはりきつい。気分が沈んでしまう。ああ、鬱になりそうだな。眠い。少し肌寒い陽気で、砂有美はブラウスを一枚はおっているだけだった。少し昼寝した方がいいな。そう砂有美は分析した。一時間でも寝るのと、無理して起きるのでは大違いだ。ここ最近、砂有美は夜に帰ってきては、疲れてすぐベッドに横になってしまっていた。少しだけ寝てまた起きようと思うのだが、結局そのまま朝まで眠ってしまうのだ。学生の頃、試験前になるとメイクを落とすのも歯を磨くのも、お風呂に入るのさえ朝に持ち越していた。そんな生活が三日続いた。いい加減自分の生活を正さなきゃ。ベッドに横になる前に、作り置きしていた「おからハンバーグ」を食べた。砂有美の前の職場の人が、おすそ分けしてくれたおからを使って、ハンバーグにしたものだ。ソースはデミグラスソースの缶詰を使用した。ひき肉とおからを七対三の割合で混ぜたのだが、おからの味もしっかりする。大豆好きな砂有美は満足のいく一品だった。
どうして父はわかってくれないのだろう。そう砂有美は思った。こんなにも自分が歌うことにパッションを感じているのに。あの場所で、毎日歌っていた。めちゃくちゃな歌だったに違いない。それでも砂有美は歌い続けたのだ。苦しくて苦しくて仕方なかったのか。それとも好き勝手に歌えて幸せだったのか。歌うと同時に、あの場所で号泣もしたのだ。声が枯れんばかりに泣き叫んだのだ。歌うことと号泣は紙一重だった。
あの場所で、もう一度歌ってみたい。それが砂有美の思いであったが、父にはもうあそこには行くなと言われていた。父にはわからない、これから先もわかってもらえないだろう。そう思うともどかしかった。
私を遠くへ連れさって
この場所から救い出して
二人で遠くへ逃げましょう
はるか星座の彼方まで
私はあなたとは行けない
もう遅すぎる
私は地の果てまで落ちてしまった
だからあなたとは行けない
あの場所で、もう一度歌ってみたい。それが砂有美の思いであったが、父にはもうあそこには行くなと言われていた。父にはわからない、これから先もわかってもらえないだろう。そう思うともどかしかった。
私を遠くへ連れさって
この場所から救い出して
二人で遠くへ逃げましょう
はるか星座の彼方まで
私はあなたとは行けない
もう遅すぎる
私は地の果てまで落ちてしまった
だからあなたとは行けない
その日は、朝日のまぶしい日曜日だった。南向きの勝美の部屋には、レースのカーテンを透して強い日差しが差し込んでいた。霜月。南風原のスーパーの日曜市へと、勝美は財布とマイバッグを持って自転車をこぎだした。南風原に帰ってきて良かったと勝美は思った。
これで「こもれびの里」は完結します。
最初から読んでくださった方も、また途中であきちゃったかたも、
どちらにしろ、私の作品を読んでくださって
ありがとうございました。
明日から、新連載です。また、読んでやってくださいね。
これで「こもれびの里」は完結します。
最初から読んでくださった方も、また途中であきちゃったかたも、
どちらにしろ、私の作品を読んでくださって
ありがとうございました。
明日から、新連載です。また、読んでやってくださいね。
勝美は頭痛がしていた。そのため頭痛薬を飲んですぐに寝てしまった。こんなことを続けていたら気が狂ってしまう。また、精神病院に入院させられて、保護室に入れられてしまう。もっと行動を抑えなきゃ。
勝美は読書をすることにした。まずは、大好きな林真理子の「最終便に間に合えば」を読んだ。勝美自身の恋愛とは相異なるようでいて、どこか大人の恋愛を描いたその作品に引き込まれた。次に、モーパッサンの「脂肪の塊」を読んだ。しかし、途中で眠くなり寝てしまった。読書をするといつも眠くなる勝美だった。
勝美は読書をすることにした。まずは、大好きな林真理子の「最終便に間に合えば」を読んだ。勝美自身の恋愛とは相異なるようでいて、どこか大人の恋愛を描いたその作品に引き込まれた。次に、モーパッサンの「脂肪の塊」を読んだ。しかし、途中で眠くなり寝てしまった。読書をするといつも眠くなる勝美だった。
久しぶりにスケートに来た気がする。勝美は人から誹謗、中傷されることには慣れっこだった。どこかがおかしい。何かがおかしい。スケートがあんなに楽しかったのに、今はもう楽しめない気がした。もう今日は帰ろう。勝美はあまり滑らないまま、アイスリンクを跡にした。
次の日もアイスリンクに行った。最近気持ちの切り替えが上手くなったような、気がしていた。だけど、何も切り替えられない。そう思っていたら、何だか気が晴れてきた気がした。薬はきちんと飲んでおけばいいさ。私は一人じゃない。周りに支えてくれる人がいるじゃない。私は一人じゃないんだ。誰かに裏切られたとしても、例えそれが回復できなくなったとしても、世界を完全に敵に回してしまったとしても。私は一人じゃない。
あなたの声が聞こえない
私の声より低い声
遠く離れていて 私は想いをめぐらす
笑みを浮かべて
勝美はかつて付き合っていた男性のことを思い出していた。まだこんなに好きなんだ。けんかばかりしていたけど。もう別れて五年が過ぎようとしていた。涙が溢れ出た。
「いったん終わった恋は追わない。」
そう友人は言っていた。
「そろそろ新しい恋でもしたら。」
勝美はそうかもしれないと思った。その男性には別の女の人がいることは分かっていた。いつまでも固執することで本当の幸せをつかめるのかどうかは疑問だ。
前の男は、勝美と付き合った当初キスの初心者だったが、勝美とそれの回数を重ねるごとに徐々にうまくなっていたった。二人でむさぼりあうようにキスを重ねた。勝美はキスをする時はほとんど目を閉じていた。時々目を開けると、男も閉じていた。時には二人で見つめあいながら舌を絡めあることもあった。本当に二人はかつて愛し合っていた。
しかし、勝美の病気が二人を引き裂いてしまった。精神異常。統合失調症。病気の再発した時の勝美の行動は、正に異常というべきだった。そのため、勝美は沖縄に帰ってきたのだ。
次の日もアイスリンクに行った。最近気持ちの切り替えが上手くなったような、気がしていた。だけど、何も切り替えられない。そう思っていたら、何だか気が晴れてきた気がした。薬はきちんと飲んでおけばいいさ。私は一人じゃない。周りに支えてくれる人がいるじゃない。私は一人じゃないんだ。誰かに裏切られたとしても、例えそれが回復できなくなったとしても、世界を完全に敵に回してしまったとしても。私は一人じゃない。
あなたの声が聞こえない
私の声より低い声
遠く離れていて 私は想いをめぐらす
笑みを浮かべて
勝美はかつて付き合っていた男性のことを思い出していた。まだこんなに好きなんだ。けんかばかりしていたけど。もう別れて五年が過ぎようとしていた。涙が溢れ出た。
「いったん終わった恋は追わない。」
そう友人は言っていた。
「そろそろ新しい恋でもしたら。」
勝美はそうかもしれないと思った。その男性には別の女の人がいることは分かっていた。いつまでも固執することで本当の幸せをつかめるのかどうかは疑問だ。
前の男は、勝美と付き合った当初キスの初心者だったが、勝美とそれの回数を重ねるごとに徐々にうまくなっていたった。二人でむさぼりあうようにキスを重ねた。勝美はキスをする時はほとんど目を閉じていた。時々目を開けると、男も閉じていた。時には二人で見つめあいながら舌を絡めあることもあった。本当に二人はかつて愛し合っていた。
しかし、勝美の病気が二人を引き裂いてしまった。精神異常。統合失調症。病気の再発した時の勝美の行動は、正に異常というべきだった。そのため、勝美は沖縄に帰ってきたのだ。
やはり沖縄は暖かだ。京都の秋はもっと涼しいというか、肌寒い。京都では秋には母親と一緒に紅葉狩りに行った。嵐山の天竜寺や、常寂光寺などを回った。沖縄の小さな山にある木々たちは常緑樹なので、一年中緑色だ。紅葉を見たのは母と訪れたそれが初めてであった。とにかく人が多かった。
勝美は入院寸前まできていると、母親から宣告された。確かに落ち着きがなかった。父親には、今は落ち着いて話ができているからまあ大丈夫、と言われた。勝美は自分でも少しおかしいと感じていた。なぜかじっとしていられなかった。少し前まで引きこもっていたことの反動かもしれない。外の世界に出たかったのだ。鳥が卵の殻から抜け出ようとするように、勝美は外の世界を渇望していた。殻の中の世界、そこにも吸収すべきことはあるかもしれないが、にこもりきれなかった。しかし、どこか異常だった。これが精神に異常をきたしている人間の行動なのかもしれない。勝美は自分では異常と言うことに気がつかなかった。精神異常。統合失調症。薬が追加された。デパケンという薬だ。頭がふらふらする。足元がおぼつかない。めまいがする。私、大丈夫。勝美はそう自問した。
子供が産めない女に男は振り向いてくれるだろうか。世の中に不妊治療を受けている人は大勢いる。未だに勝美には生理がこなかった。このままでは勝美も不妊症になるかもしれなかった。近所の婦人科へ電話を入れてみた。心療内科の薬を服用しているが、生理がしばらく止まっていることを告げた。そうすると、その婦人科の受付の女は、
「心療内科の薬の副作用じゃないですか。どちらの治療を優先するかですから、そちらの治療が終わってからこちらの治療を始めればいいですよ。」
と言った。その女は他にも何かしゃべっていたが、勝美は最後まで聞かないで電話を切った。なぜだかわからないが、涙が止まらなかった。
スケートに行こう。
勝美は入院寸前まできていると、母親から宣告された。確かに落ち着きがなかった。父親には、今は落ち着いて話ができているからまあ大丈夫、と言われた。勝美は自分でも少しおかしいと感じていた。なぜかじっとしていられなかった。少し前まで引きこもっていたことの反動かもしれない。外の世界に出たかったのだ。鳥が卵の殻から抜け出ようとするように、勝美は外の世界を渇望していた。殻の中の世界、そこにも吸収すべきことはあるかもしれないが、にこもりきれなかった。しかし、どこか異常だった。これが精神に異常をきたしている人間の行動なのかもしれない。勝美は自分では異常と言うことに気がつかなかった。精神異常。統合失調症。薬が追加された。デパケンという薬だ。頭がふらふらする。足元がおぼつかない。めまいがする。私、大丈夫。勝美はそう自問した。
子供が産めない女に男は振り向いてくれるだろうか。世の中に不妊治療を受けている人は大勢いる。未だに勝美には生理がこなかった。このままでは勝美も不妊症になるかもしれなかった。近所の婦人科へ電話を入れてみた。心療内科の薬を服用しているが、生理がしばらく止まっていることを告げた。そうすると、その婦人科の受付の女は、
「心療内科の薬の副作用じゃないですか。どちらの治療を優先するかですから、そちらの治療が終わってからこちらの治療を始めればいいですよ。」
と言った。その女は他にも何かしゃべっていたが、勝美は最後まで聞かないで電話を切った。なぜだかわからないが、涙が止まらなかった。
スケートに行こう。
勝美は、京都の大学を辞めて沖縄に帰って来てしまった。病気がひどくなったためだ。入院も数を重ねるごとに、治るのに年月がかかってしまうし。何より親元を離れての一人暮らしでは、治療は難しいと言うことだった。京都に未練はあった。たくさんの友人と中途半端な形で別れを告げることは、とても寂しかった。わずかな京都生活であったが、大学の卒業式に、袴姿で出席したかったな。勝美は、一人大声で泣いた。
沖縄県の南風原町(はえばるちょう)というところが勝美の生まれ故郷であった。大きな山もなければ海もなかった。県庁所在地那覇市の東隣で、県庁まで車で三十分、首里城まで車で二十分という、割と生活には便利な地域であった。特産品は「かすり」と「かぼちゃ」というところだ。沖縄県中部には、大きな米軍基地がたくさんあるが、南部である那覇市や南風原町にはそういった、基地はなかった。南風原文化センター後ろ手にある黄金森という小さな森には、陸軍壕があった。勝美の通った小学校のすぐ近くにそれがあった。小学生の頃は、文化センターによく足を運び、沖縄戦についての展示や記述を遊びながら学んだものだった。
その南風原町に帰ってきた。高校生の頃まで、島から出たくてうずうずしていたはずだった。しかし、実際出てはみたものの、精神に異常をきたして帰ってきてしまった。実家に帰ってきて、長い間引きこもっていた。引きこもっているという表現が、あてはまるのか分からないが、ひたすら寝ていた。一日二十時間ぐらい平気で眠ることが出来た。くっちゃねくっちゃね、していた。おかげで体重が二十キロも増えた。
沖縄に帰ってきてからも、勝美はクラシックバレエとフィギアスケートを続けていた。南風原には、沖縄県で唯一のアイスリンクがあった。フィギア規定のリンクよりは、小さめであったが、アイスホッケーファンや、フィギアスケートファン、もしくは突然スケートをしたくなった老若男女がそこに詰め掛けるのであった。亜熱帯地方沖縄での唯一のウィンタースポーツができる場所だ。もちろん雪がないのでスキーやスノボーができるわけがない。
沖縄県の南風原町(はえばるちょう)というところが勝美の生まれ故郷であった。大きな山もなければ海もなかった。県庁所在地那覇市の東隣で、県庁まで車で三十分、首里城まで車で二十分という、割と生活には便利な地域であった。特産品は「かすり」と「かぼちゃ」というところだ。沖縄県中部には、大きな米軍基地がたくさんあるが、南部である那覇市や南風原町にはそういった、基地はなかった。南風原文化センター後ろ手にある黄金森という小さな森には、陸軍壕があった。勝美の通った小学校のすぐ近くにそれがあった。小学生の頃は、文化センターによく足を運び、沖縄戦についての展示や記述を遊びながら学んだものだった。
その南風原町に帰ってきた。高校生の頃まで、島から出たくてうずうずしていたはずだった。しかし、実際出てはみたものの、精神に異常をきたして帰ってきてしまった。実家に帰ってきて、長い間引きこもっていた。引きこもっているという表現が、あてはまるのか分からないが、ひたすら寝ていた。一日二十時間ぐらい平気で眠ることが出来た。くっちゃねくっちゃね、していた。おかげで体重が二十キロも増えた。
沖縄に帰ってきてからも、勝美はクラシックバレエとフィギアスケートを続けていた。南風原には、沖縄県で唯一のアイスリンクがあった。フィギア規定のリンクよりは、小さめであったが、アイスホッケーファンや、フィギアスケートファン、もしくは突然スケートをしたくなった老若男女がそこに詰め掛けるのであった。亜熱帯地方沖縄での唯一のウィンタースポーツができる場所だ。もちろん雪がないのでスキーやスノボーができるわけがない。